アニメ『プラネテス』の評価 宇宙に行っても、人はやっぱり人のままだ

 


宇宙アニメって聞くと、ロボットとか戦争とか、
壮大なSFを想像するかもしれない。
でも『プラネテス』は違う。

これは、“宇宙のゴミ拾い”の話だ。

けれど、ゴミを拾っているのは、
夢と現実のあいだで、何かを失いながら生きている人間たちだ。

■ 宇宙という「遠さ」が、人生の“距離”を映している

主人公・星野八郎太(ハチマキ)は、
宇宙ステーションで“デブリ(宇宙ゴミ)回収”をしている青年。
夢は「自分の宇宙船を持つこと」。
けれど現実は、危険で地味な仕事に追われる日々だ。

「宇宙なんて、金持ちと英雄のための場所だよ。」

そう吐き捨てる彼の姿は、
現代の僕たちそのものかもしれない。

夢を追いながら、現実にすり減っていく。
理想と現実のギャップが、
宇宙という“空っぽの空間”の中で静かに響いていく。

■ “働くこと”と“生きること”は、同じじゃない

『プラネテス』がすごいのは、
SFでありながら“仕事アニメ”として成立しているところだ。

宇宙船の整備員、回収員、通信士――
みんながただ「生活のために」働いている。

夢を持っている人もいれば、
それを失った人もいる。

でも、どんな人間にも“食っていく理由”があって、
その泥臭さがリアルすぎる。

「宇宙に出ても、悩みは持っていくんだな。」

このセリフに、どこか救われた気がした。

■ 無重力の孤独――それでも誰かと繋がっていたい

『プラネテス』が描くのは、孤独の中の絆だ。

宇宙では、誰の声も届かない。
ほんの少しのミスで、命が消える。
だからこそ、仲間の存在が重く響く。

ハチマキが仲間や恋人・タナベとすれ違いながらも、
“人を信じる”ことを学んでいく過程は、
まるで人間そのものの成長物語だ。

「愛なんて、宇宙じゃ通用しない。」
「でも、それがないと、生きられないんだよ。」

無重力の空間で交わされるこの会話。
こんなにも静かで、こんなにも人間らしい。

■ 「夢を叶えること」と「人として生きること」は別の話

物語の後半で、ハチマキは“宇宙飛行士になる夢”を叶えるチャンスを得る。
でもその過程で、彼はだんだん壊れていく。

「宇宙を掴む」とは、何を意味するのか。
孤独の果てで、ハチマキが見つけた答えは、
意外にも“地球”そのものだった。

「帰りたい場所がある。それだけでいい。」

『プラネテス』は、宇宙に憧れる人間が、
結局“地上の温もり”を恋しがる話なんだ。

■ 結論:『プラネテス』は“働く大人のための青春アニメ”

この作品に出てくる人たちは、みんな不器用だ。
夢を見失い、誰かにぶつかり、
それでも仕事に戻っていく。

でもそこには、確かに生きている人間の匂いがある。

「宇宙に行っても、人は変わらない。
それでも、変わろうとすることに意味がある。」

それが『プラネテス』のメッセージだと思う。